その3 ばけもんではなか

明治になって何年かたった頃、一月の雪の降る日に、当時14歳くらいだった山岡鉄舟の長男直記さんが、玄関の間で遊んでいると、手に徳利を下げた大男がやってきた。蓑笠を付け、素足に雪駄履きで、眉が太く目は大きいし、耳の端が垂れて口の両側まであるように見えたものだから、直記少年は、怪物(ばけもの)が来たかと驚きます。

「おとっさんは家におるか。西郷が伺ったというてくれ」怪物がそう言うので、直記少年は、夢中で奥に駆け込んで「おとうさん!玄関に変なばけものみたいものが来て、西郷が来たと言え、と言っています」

 

 

 

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それにしても、ばけものって・・・こう言われて、南洲翁が何と言ったかは残っていませんが、鉄舟が出てみると、正に西郷さん。

奥座敷で一通りの挨拶が済むや、南洲翁が、持参の徳利を差し出して「日本の国もまだ寒い。少し熱をかけましょう」という。

「お考えのとおり。外部を温めようとすれば、まず自らでござる」鉄舟は答えて、ニコニコしながら徳利を受け取ると、台所に立って、やがて、沢庵の洗ったのを丸ごと二本と飯茶わんをお盆にのせて持ってきました。

 

 

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沢庵をぼりぼり齧って茶碗酒を飲っている南洲翁と鉄舟の傍らで直記少年が、次の間で英子夫人が聞くともなしに二人の話を聞いていると、全く辻褄の合わない話をしているようで、これが維新の立役者だとは嘘のように思われたそうです。

 

話にしきりと支那、朝鮮だとか、露西亜という国が出てきて、南洲翁が、「朝鮮、支那は、今の時期を延ばしては悪い。拙者が行って一と戦争やらねばならない」と言えば、鉄舟が「左様でござる。兵などは容易に動かすものではない」と答えるし、また、南洲翁が、「雉が声を出すから猟師がくる」などと、前後の理屈がどうにも合わない。

 

この話を聞いた安部某と言う人が、話の内容について、勝海舟に意見を求めたところ、海舟曰く、

「西郷、山岡は達人、達観の言葉で憂国の至誠があふれている。西郷は、東洋政策の準備談をふと山岡にもらしたもので、世俗の云う征韓論というやつだ。

世俗が西郷の遺志を継ぐなどとは片腹痛くなるよ。もし西郷にして征韓の意思があるならば、時の海軍卿のオレに相談しないはずがない。西郷と勝の間には世俗の理解できないものがあるのだよ。おれが、征韓の論がわいわいと人の口に上るから、西郷にどうするつもりだと聞いたら、「自分一人で直談判に行くつもりだった」と言っておった。

それを周りが騒ぎ立ててしまって、西郷を空しく城山の地下に埋めたのは、泣いても涙が出ないよ。

「雉が声を出すから猟師がくる」と言っているのは、兵など出して騒ぎ廻れば国は疲弊し、かつ自分の手際を見抜かれてしまい、諸外国がその隙を狙ってくるという、「孫子」、「呉子」の兵法を含んだ句であることが察せられるではないか。

見よ、西郷がうっかり浮雲に乗るような馬鹿者でないことが知れるであろう。それを今なお西郷を征韓論者というのは、日本の歴史がまるで嘘になって、帝国の前途が思われるよ。真の武士道の活用を知らぬ子供には困るよ。山岡などの云う事を「なに、あの天保銭のたわごとが」などと言うようでは、最早だめだよ」

 

と、まあ、いかにも海舟らしい論評ですが、実に真理を突いていると思います。南洲翁の「一人で直談判に行く」という論は、政府に容れられず、官を辞し野に下るのですが、南洲翁は、このときに全てを捨てたのだと思います。しかし、私は、これ以後の南洲翁の方が好きです。

 

しかし、ばけものって・・・直記少年にこう言われて、南洲翁が、「おいは、ばけもんじゃなか・・・」とか小声で呟いて、苦笑したかと想像すると実に面白い。

 

 

 

 

 

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