その2 南洲翁と山岡鉄舟

 江戸城の無血開城は、西郷南洲翁と勝海舟の会見によってなされたかのようですが、その前に、山岡鉄舟が徳川家の使者となって、大総督府の西郷南洲翁に会い、徳川慶喜の恭順の意を伝えています。

 官軍の先鋒隊が銃列を作って並んでいる中を、隊長の宿営とおぼしきところで、「朝敵徳川慶喜家来山岡鉄太郎、大総督府へまかり通る」と、大音声で呼ばわって、すたすたと通り過ぎると言う名場面は、いつも心に思い描くたびに胸のすくような思いがします。

 

 

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 鉄舟は南洲翁と会見し、慶喜の恭順の意を切に訴えます。それに対し、南洲翁は、大総督府の元に上がり、暫くして戻ってきて宮から下された五箇条の御書を鉄舟に示します。

 

一 城を明け渡すこと

一 城中の人間を向島へ移すこと

一 兵器を渡すこと

一 軍艦を渡すこと

一 徳川慶喜を備前(岡山)に預けること

 

 南洲翁は、この五箇条が実行されれば、徳川家に対し寛大な処分なされるでしょうと鉄舟に伝えますが、鉄舟は、最後の一条だけは承服できない。それを南洲翁に訴えますが、南洲翁は「朝命でごわす」と短く答えるのみ。さらに訴えますが、答えは同じ。

 

 

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 鉄舟は、膝を進めて強く訴えます。「西郷先生と私と立場を換えて考えてみましょう。御主君の島津公が間違って朝敵の汚名を受け、官軍が征討に向かう。御主君は恭順謹慎しているとしましょう。先生が私の立場に立って、主家のために尽力しているときに、慶喜に対するこの処分案と同じような朝命が下されたら、西郷先生はさっさと主人を渡してしまうのですか。そんなことが君臣の情としてできるのですか」

 南洲翁は、暫く瞑目してから「山岡さん。あなたの云われることは尤もです。徳川慶喜殿のことは、この吉之助がきっと引き受けて御取り計らい致しましょう。どうぞ心配なさらんで下さい」

 

 これは、西郷南洲翁でなければこうはならなかったと思います。

 山岡鉄舟が書き残していますが、このとき南洲翁が「あなたは官軍の陣を破ってきたのだから捕縛しなければならないが、まあ、縛らずにおきましょう」と云います。

 「縛につくのは覚悟の上。縛っていただきましょう」と鉄舟。

 「いやいやどうして、山岡先生は豪傑だから、それでは酔わせてから縛ることにしましょう。まずは一杯・・」

 南洲翁は笑顔で鉄舟と杯を傾け、大総督府の通行許可証を渡したそうです。

 

 

 

 

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これから暫くして、鉄舟は、大総督府から呼び出しを受け、出頭してみると、出てきたのが村田新八で、「先日、あんたが不当にも官軍の陣営を通行したと聞いたので、俺と中村半次郎が斬り殺してしまおうと追いかけたが、あんたはさっさと西郷と面会してしまったので斬り損なった。余りに悔しかったので今日呼び出したのだ。他に用事はない」

 鉄舟はにこりとして答えます。

 

  「そりゃあそうでしょう。私は江戸っ子で足が早い。あんた方は田舎者でのろま男、私の早足に追いつける訳はありませんよ」

 これを聞いた村田新八は大笑いし、そして鉄舟も笑って別れたそうです。

 

  村田新八も中村半次郎も軍監という立場で陣営を守っていたのに、面目を潰されるようなことをされたので、腹が立ったと思いますが、それにしても爽やかで「武者振りがよか男」ではありませんか。

 

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